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ようこそ坐禅会へ

 毎月第二日曜日 午前六時より一時間程度
月に一度、すがすがしい早朝に心静かに坐ってみませんか
身体と呼吸と心を訴えて、生かされている自己を
感じ報恩の行を修めましょう
毎月、20~30人くらいの参加者があります
坐禅の後、楽しくお茶をいただきます
参加費はお賽銭を上げて下さい。
        坐禅会参加者の川柳

 月いちで 気持ちの整理 坐禅会   三休





 
毎日、忙しい生活を送っている方々は、心も疲れてまいります。
 坐禅をするときは結跏趺坐しますが、体の硬い方はなかなか
これができません。 
結跏趺坐()
それがために坐禅は苦行だと思われてしまいますが、
禅宗ではこの姿は 「安楽の法門」 といって、かえって精神的
にも肉体的にも調和がとれ、もっともリラックスできる坐法なのです。
 初めての方でも大丈夫です。最初は身体を慣らすことことから
始めましょう。 坐禅をしながら居眠りできるようであれは、かなり
慣れたものです。 長く続けるコツは、目的を持つことです。
 無我の境地で心静かに自分自身を見詰め直してみると新たな
自分の発見ことと思います。 ただ座るだけ。坐禅の会へぜひ、
ご参加くださいますようご案内いたします。
   
   
         
         
         
         
         
     坐禅会参加者の感想文    
     冬の間は氷が張っていた満福寺の蓮鉢にきれいな花が見事にたくさん開いている。

 原始蓮、大賀蓮、舞妃蓮と三様に異なる姿で私たちの目を楽しませてくれ、何とも言えない気品と優しさが漂っている。

“女性は喜んでくれる人のために装う”という中国の詩人があったが、花は誰のために咲くのだろうか?


  平成25年7月     青虫9号
  建長寺 水無月宿泊坐禅会 体験記

6月7日㈯梅雨の雨降る中、建長寺に54名が集まり、諸注意を受け、総茶礼をし修行が始まりました

私語は厳禁です

まず、最初の坐禅です
般若心経、大悲呪、四弘誓願文を唱え三拝、そして打坐、

警策を持った和尚が、ノッシ、ノっシ とゆっくり目の前を通り過ぎる直前、合掌 バシッ!と肩を叩く、その音がものすごいので、本堂中に響いていました

この修行中に3本もの警策が折れました

また、建長寺派管長 吉田正道老師による講話を聞くことができました

食事の時は正座をし、音をたてないよう、食べ方にも注意があり大変でした

私たち男性陣はこの正座が非常に辛かったです

この二日間、大変でしたがとても良い経験をし、感激して坐禅会を終えました

帰りに円覚寺に参拝しました

皆様方も是非次回は、体験してみてください


    平成26年6月           恋ヶ窪の風 
 
         
      今日も猛暑を思わせるような朝日がヂリヂリと容赦なく背中を照りつける。
 今日は満福寺の早朝坐禅会の日、自転車で駆け付けると定刻前なのに、早くも本堂の前には多くの履物が目につく。
 和尚さんの先導で「般若心経」の唱和に続き坐禅に入る。
 初めての方へは懇切な坐禅指導もあり気楽に始められると思う。
暑いせいか若い方々には短パンなどラフな姿も多いが、和尚さんだけはさすがにユニフォームの黒色の衣装を着て威儀正しい。
 本堂には時折涼風も入ってきますが背中から滴り落ちる汗をひたすら我慢しながら坐禅を続ける。
 坐禅会終了の声に、我に返る。

この夏の暑さも坐禅の気合で乗り切りたいと思う。
「心頭滅却するば、夏なお涼し…?」         

 平成25年7月      TA
 早朝から猛暑が続く毎日なのに、今朝はうす曇りのせいか多少凌ぎ易く思われる。
 懸念された蚊の襲来もなく、時折の涼風が心地よい。
 意識して深く長い呼吸を続けるとじわっと汗ばんでくるので、平常の呼吸に切り替える。

このところの膝痛が心配されたが、正座も胡坐も気にならずに済みほっとした。
 警策をお願いした。やはり身が引き締まって身も心もしゃんとする。
 汗もかかず、ヒヨドリの囀りを聞いているうちに坐禅終了。

 いつもながらの楽しいお茶会。
 鎌倉建長寺一泊坐禅会に参加された若い方のお話を伺い、挑戦してみようかな?

 平成25年7月     KA 
 
         
    警策

 坐禅で使用されるものの一つに警策があります。
 坐禅中、ご住職が担ぎ、求めた人に対して肩を打ち、乱れた身体を平常心にもどす。
 実に優れた指導法で、身体は頭と肉体からなっているという事がはっきりわかります。
 先日、京都の禅寺近くの仏具店で警策を求めた。飾り警策なので、
『心頭滅却すれば火もまた自ら涼し』の文字がある。
 この警策は長さ104センチで最大幅6センチの樫製である。
 坐禅は難しく行としてやっていることに意味をみいだすのだが、日本の文化は様式から入る物だと思います。

   平成25年5月    国立 和
 “外界に何が起こっても起こっても心を動かさないことを「坐」といい、内に向かって自分とは何かということに心を集中することを「禅」という”
 という文章を最近見つけました。
 「坐」という字は土の上に人が二人坐っている(実は鏡に向かって自分を見ている)という話も有ります。
 皆さんはどのように思われますか?
 (坐禅会の前にカッコウが鳴いて、坐禅の格好は大丈夫か?
と聴こえました)

   平成25年6月   青虫8号
 
         
     草花の新芽が萌え出る四月、多くの新たな始まりが有る。
 自分が坐禅を始めたのは20年前の4月だった。
 初心にもどろうと思う
 
 坐る 腿に足を乗せ、その上に法界定印を組んだ手を置く
 調身 腰を立て、背骨に串を刺した感じで背筋を伸ばす
 調息 鼻先に羽毛を置いたと考え、それを動かさないように静かに
     ゆっくり長く息を吐いて吸う
     この動作を繰り返し頭の中で1から10まで数える
 調心 気持が穏やかになって落ち着いてくる

    平成25年4月    青虫6号
    
 若葉の緑が深まり風薫る皐月、清々しい気候の中の坐禅は眠けが襲う。
 幸い和尚さんの警策は受ける人の体力に合わせて強さが絶妙に調整され、本当に「文殊菩薩による励まし」となる。
 今・ここに居る・自分を大切にし、二度と来ないこの瞬間を大切にして、徹底して坐禅に打ち込まなければならない。
 坐禅後の茶礼の場では、坐禅で最初に学ぶ“呼吸法”の話が盛り上がった。
 日常の全ての動きに呼吸が大切で、難しいという事が分かる。 

     平成25年5月    青虫7号
 
         
     立春を過ぎたとはいえ満福寺の境内には霜柱が一面に立ち、蓮花の鉢は厚い氷で覆われている
 一方、ローバイが香高く咲き、紅梅と白梅は春を待ちかねるようにつぼみを膨らませている
 坐禅中に聴こえる小鳥のさえずりも活発になってきた
 春はすぐそこに来ている
 今月の参加者は31名だった

   平成25年2月     青虫4号
 厳しかった冬も終盤になり三寒四温の季節だが、今回は梅が咲き、鶯が鳴くうららかな気候の中での坐禅会だった
 寒さが緩んでくると気も緩んでくる
このような時に「文殊菩薩による励まし」と言われる“警策”をいただくのは嬉しいことである
 眠気を吹き飛ばし、血脈を活発にして生気を取り戻す事が出来、そしてまた精神の集中に戻る事ができる

平成25年3月    青虫5号
 
         
      1月13日新年初坐禅会  1年で最も寒い季節で身が引き締まるが参加者は34名だった
 今回は、昨年12回皆勤の4名の方に満福寺から記念品が贈られた
 体調、都合などなど様々な事情を調整して皆勤された友に敬意を払いたい
 自分も“今年も健康で参加できますよう”と願っている

      平成25年1月    青虫3号
 私は満福寺の坐禅会に参加させていただいて約1年半になります 
 初回はかなり不安でしたが、今では何とか少しずつですが慣れてきました
 住職さんの御指導は、ゆる過ぎず厳し過ぎず、毎度程良い緊張感を保てます
 皆で坐禅前に般若心経を唱えるのも、発声する事によって呼吸が整い気分がスッキリします 
 坐禅前の良い準備体操になります
 坐禅が終わるまでは足が痺れてとても長く感じますが、終わった後の開放感が心地良いのと、坐禅の時と打って変わって和やかな雰囲気の中、温かいお茶と美味しいお菓子をいただきながらの茶礼も楽しい一時です
 早朝なので少し眠たいですが、思い切って行ってしまえば気分がスッキリして、1日の良いスタートになります

     平成25年2月    くりきんとん
 
         
     午前5時半 我が家から外に出ると頬にぴりりとくる冷たさ。道路の水たまりには厚い氷が張り、真っ黒な空にはくっきりと見える三日月と瞬く星の数々。

午前6時 満福寺では窓を開けはなれた本堂で1時間坐禅をさせて頂き、その後はいつものように茶話会で情報交換。

午前7時半 満福寺の外に出ると夜は明けていて、境内にびっしりと立つ霜柱と真っ青な空に輝く朝陽がまぶしい。30人の仲間と『寒さの中で耐えた』という小さな満足感に浸りながら帰宅する。

 平成24年(2012)12月           青虫2号 
 満福寺では月1回坐禅会が行われている
初めての参加から6,7年経ているだろうか
 江戸時代創設の山寺風の本堂で朝6時から7時まで般若心経と坐禅が行われる
 もちろんご住職が呼吸法と座り方を指導していただけるし、望めば警策をうけることもできる本格的なものである
 その後は五十畳の客殿で茶礼となり茶に親しむ
 数年前に比べると若い人も多く、全くの初心者でも安心して正統的な坐禅を体験できる
 伝統文化に触れたり坐禅を追求するも良しで、人それぞれの求め方ができる貴重な坐禅道場である

     平成25年(2013)1月      国立市 和
 
 
         
    先日は生まれて初めて、坐禅を体験させて頂きありがとうございました
非常に清々しい気持ちでございました
呼吸の仕方が大変難しく感じました
これからも続けたいと思いますので、宜しくお願い致します

       平成24年(2012)11月             ozaki
老夫婦ですが坐禅を始めて一年ちょっと
今ではすっかりはまっています
広いお寺の本堂、静寂の中で早朝の一時を心を澄ませ姿勢を調えるといつしか足の痺れも忘れ無心の境地となります
若い人達(男女共)の参加も多く、坐禅後の茶礼にはおいしいお菓子が出ます
坐禅の緊張も解け和やかなお茶会となります

        平成24年(2012)11月        有賀 
 
         
    「何で坐禅をする? 分からない、でも好きです」
満福寺坐禅会の門を叩いたのが約10年前。2年休会して8月に再入会させていただきました。
海外駐在中は時間と場所があり一人で座る努力はしましたが、自分への甘えで直ぐに足が痛くなりました。
今、`仲間と座る`事に感謝をしています。
坐禅中は「腰をたてろ」「腹を放り出せ」「大きく座れ」と鬼のように言われますが、茶礼では「生き方」を仏様に教わる事を有りがたく思っております。
                            
        平成24年(2012)10月    青虫1号
 
坐禅によって数字と時間に追われる仕事や日々の日常生活とは隔絶した全く異質の非日常の世界に浸る事が出来ます。
それ故に坐禅は私の精神衛生上必要不可欠な要素となっております。
                           

      平成24年(2012)10月  T、ENO
 
 
         
     心を調えることは、まだなかなかではありますが、姿勢を調え、息を調えて早朝の本堂の中で座っていると、次第に明けてくる朝の光がとてもありがたく感じられます。
                                  

     平成24年10月      Y,H
朝6時からの坐禅会。季節に応じて気温などの厳しさはあるが、総じて心身ともにスッキリする時間だ。
背筋を伸ばすとか、丹田呼吸とか、いろいろと留意すべきところはあるが、1時間が終わると「やり終わった」と嬉しくなる。
もともと、坐禅は自分を見つめるための一つのツールだと言われる。でも、前述したように「やり終える」または「やり遂げる」ことによってスッキリすれば、それでいいと思うやうにしている。
そのようなことが積み重なれば、将来において「動じることのない信念の起こらないようになるだろうと密かに思いを馳せている自分がいる。
                               
      平成24年10月      T,Hirao              
 
         
         
         
         
         
         
         

        「満福寺の座禅を体験して」  福原 民夫

このたび、満福寺の座禅会に参加し、有意義な体験をさせていただきました。私は、今年の5月に鎌倉の「某寺」の座禅会に約20名のグループの一員として参加しましたが、そのときの修行僧の座禅に関する指導方法と対応に疑問を感じ、座禅に対する興味を失っておりました。

 「某寺」の座禅会終了後、グループの幹事が僧侶に食事をしながらの懇談をお願いしたところ、お坊さんは「私の指導を聞かない不真面目な人が居ました。非常に不愉快なので退席します」と言って直ちに引き上げてしまいました。参加者はわけが分からず、唖然とする状況でした。

幹事が僧を追いかけ、理由を聞きましたところ、足を組まずに片足を前に投げ出している人が居たというのです。あとで分かったのですが、この方は70代の男性で、正座も、胡坐も出来ない人でした。ところが、この僧は真面目に座禅を行っていないと受け取り立腹したことが分かりました。私が疑問に思ったのは、この僧が、足が不自由で足を組めない人も参加していることを理解していないこと。さらに、足を投げ出している人にその理由を聞かないで不真面目だと決め付けたことです。

「某寺」では、足を組めない人のための「椅子」を用意しておりませんでした。これに対して、「満福寺」の岩佐御住職は、椅子を準備して下さり、座禅会の開始前に椅子使用の希望を聞いてくれました。足を組めない人を排除せず、希望者なら誰でも座禅会に参加してもらうという、形式にとらわれない「満福寺」御住職の姿勢に敬服いたしました。

 今回、座禅の組み方の指導を受け、背筋を伸ばし、あごを引いて、眼を下方に向け半眼となる姿勢をとりましたが、半眼となると直に眠くなり、睡魔との闘いに大苦戦しました。この時に、「きょうさく」という棒で肩を叩いてもらい目が覚めました。この棒の効果は絶大でした。今日の座禅会で学んだ呼吸法を日常実行し、心の変化を感じてみたいと思います。

最後に個人的な要望です。座禅の前に「般若心経」の読経を行いましたが、「般若心経」について、簡単な解説をお聞きしたいと思いました。修行をされている立場から、「般若心経」についてお話をしていただき、第二部として「般若湯」で懇親会が出来ればと思います。

                              以 上

 

   
禅の言葉
雲水 うんすい 建長寺の開山 蘭渓道隆禅師の修行中の心得。建長寺には直筆の掛け軸が残っていて国宝に指定されている。
鎌倉五山 .

鎌倉時代に中国の五山制度を取り入れて決められたもの。建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺のこと。

掛塔 かとう

修行道場に籍を置いて修行の生活に入ること。僧堂では入門するのに試験というものはなく、掛塔願書を玄関先で差し出し断られ続けてもひたすら座り込んだりして、その意志の堅さを確かめられる。その間1週間にも及ぶことはざらである。

園頭 えんず

畑の責任者。修行僧は買い物をして、食事のまかないをすることは許されていない。全ては托鉢とこの園頭寮で出来た野菜で食事をすることになる。今でなお、くみ取りにより堆肥を作っているところも少なくない。 全て自分に返ってくるようになっている。

脚下照顧 .

足元を見よ。看却下と同様にまず玄関で自分が脱いだ草履をそろえ、つま先を出口に向けて整えること。これが転じて、常に気を配り自分の周りから自分を整えよという反省を促す言葉。

経行 .きんひん

修行者が座禅中に眠気や寒さから離れ、勢いをつけるため禅堂の周りを一列になって歩いたり走ったりすること(きんひん)。接心中などは、この時東司(トイレのこと)も済まし、経行、座禅、経行、座禅を繰り返す。

警策 .けいさく

警覚策励の略で、目を覚まさせてあげて、励ますという意味がある。座禅中に巡回している人が持っている棒のことを指すこともある。たたかれるときは合掌をお互いにして、決して恨み辛みを残してはいけないとある。禅宗の修行では良くて賞棒、悪くて罰棒といわれるとうり、良くても悪くてもたたかれるという親切な仕組みとなっている。

作務 .さむ

掃除や畑仕事、草鞋づくりから薪割りまで動く座禅のこと。動中の工夫は静中に勝ること百千倍であると言われるように常にその成果が問われる場である。

茶礼 .

行事の前後、粥座と斎座の後、など全員が集まって和合のお茶を飲む。托鉢の途中でお茶を出していただくことも多くこの場合も茶礼という。粥座と斎座の後の茶礼の時に、みんなが居るかどうかの確認をします。この事から自分の居場所が単であるので授業に出席して取るものを単位と言うようになった。

食堂 じきどう

じきどうと読み三黙堂のひとつ。箸を持つタイミングから、おかわりをお願いする事まで全てを身振り手振りと決められた音で判断する。その間の私語、器を置く音、熱いお椀をすすることなどは決して許されない。ただし麺類を食べるときだけは例外でこの時とばかりに滝の流れるがごとく、すすって食べる。

止静 .しじょう

座禅の開始を意味する。止静中と言ったら何があっても禅堂への出入りは許されない。針一本が落ちるのも判るくらいの静寂の中ひたすら自分と向かい合う。


粥座
.しゅくざ

朝ご飯のこと。読んで字のごとく朝は決まってお粥。梅干しに沢庵がそれに付く。粥には十もの有り難い効き目があるとされており、体が温まり、胃の調子を整え1日の準備をしてくれる。それに対し昼は斎座夜は本当は食べないのだが、薬石(やくせき)として昼の残りを食べる。この薬石は、懐石と同様にその昔、僧侶が飢えをしのぐために懐に焼いた石を入れたことからそうよばれている。

頭陀袋 .

何でも入ってしまう袋。頭陀行とは煩悩を断ち切る修行で、主に乞食行のことを言う。その時いただいたものを入れておく袋をこう呼ぶ。

接心 .

年に6回、一週間集中して座禅をすること。このときばかりは普段の作務や托鉢に出ることもなく、ただひたすらに座る。夜は11時過ぎまで、朝は3時に起きるというまさに自分との戦いの一週間である。その中でも12月(臘月)の1日から8日まで行われる臘八大接心は、8日間全く横にならないというお釈迦様の伝統にもとずいて接心をやることになる。

僧堂 .

修行道場全体のこと、もしくは聖僧(しょうそう・建長寺では僧形文殊菩薩)を奉るお堂のことを指すこともある。

托鉢 .

乞食行。古来より僧侶は生産活動に関わることはなかった。その日必要な分の食料は、その日の托鉢によって与えてもらったものでまかなって修行に専念していた。托鉢の僧を迎える側は、大切な食料を分け与えることにより代わりに修行していただくという気持ちを大切にしてきた。お互いの修行である。

.

座禅をする高さ80センチほどの台で一畳分が自分の単ということになる。起きて半畳寝て一畳とはこの単で十分な人の営みを言う。足りるを知ることを徹底的に教わる場所である。

典座 .てんぞ

禅寺で食事の一切を取り仕切る役職。通常は古参の者がこれにあたる。食事と言っても自分たちで作った野菜と頂いたものしか食べれないので、違うものを作って出そうと思うとかなりの工夫が必要である。

東司 .とうす

今の言葉で言えばトイレのこと。禅宗では東司も七堂伽藍のひとつに数えられている。曹洞宗では、この東司と禅堂、浴室が三黙堂に数えられている。三黙堂とは決して話すことの出来ない、禁高談戯笑であるお堂のこと。

法語規則 . 建長寺の開山 蘭渓道隆禅師の修行中の心得。建長寺には直筆の掛け軸が残っていて国宝に指定されている。


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